環境ブラック・スワン

2019年08月14日

ナシーム・ニコラス・タレブさんが書いた書籍「ブラック・スワン 不確実性とリスクの本質」をご存知でしょうか。従来の常識からは考えられないような事件や事象が起こり、社会に大きな影響を与えるリスクを指します。この本の出版後にリーマンショックが起こったため、これを予見していたのではないか、ということでも話題になりました。 

今回は、環境の分野でも同様にリスクを考えるべきではないか、という視点から、今後の環境対策・ESG経営について考えてみます。

ブラック・スワンについてもう少し詳しくご説明しましょう。以前、英語圏では無駄な努力の喩えとして「ブラックスワンを探すようなもの」と言われていたことがあるそうです。それほど「白鳥はすべて白い」という経験則が絶対的に信じられていたようです。ところが、オーストラリアで黒い白鳥(=黒鳥)が見つかり、当時は大騒ぎになったそうです。このことを例えに、ブラック・スワンを

  1. 従来の知識、経験、統計からは予測できない極端な事象である
  2. 世の中に非常に強いインパクトを持つ
  3. 起こると後付けで説明がされ、最初から予測できていたような気にさせられる

ものとして、経験則に頼りすぎることの危険性を指摘しています。過去の(ヨーロッパでの)経験が、将来(見てもいないオーストラリア)の予測をするために十分であるという根拠はないということです。そもそも、経験則の適用可能範囲は不可知である、と言い換えてもよいでしょう。

環境ブラック・スワン(造語です)

さて、環境の分野でも同じようなブラック・スワン的事件が起こっていないでしょうか。例えば、ココイチの冷凍ビーフカツ横流し事件、SDGsやESGの盛り上がり、中国の廃棄物輸入規制、海洋プラスチック問題、スプレー缶ガス抜きによる爆発死亡事故など。

いまにして思えば、あってもおかしくないことばかりです。ただ、環境分野に詳しくない方で、これらの事件・動きを事前に想定できた人は皆無だったと思います。一方で、業界事情に通じていて、見通しのきく一部の関係者はある程度予測できていて、それほど驚くことではなかったのではないでしょうか。福島第一原発が津波を防げなかったことが、一部の専門家にとって想定内だったのと同様です。実際、タレブ氏によればブラック・スワンの危険性をあらかじめ予期することは不可能ではないということです。

環境ブラック・スワンの予測方法

ポイント1:経験則からは予測できない、つまり「今までなかった=これからもない」という考え方をまず否定するところから始めるべきでしょう。5年前に「海洋プラスチック問題がG20で話題になるかもしれない」などと言ったとしても、即刻笑い飛ばされたか無視されたに違いありません。

ポイント2:もう一つ、「希望的観測を捨てて、情報を収集し、論理的に考える」、という当然のことが求められるのだと思います。とは言えこれは、いわゆる「正常性バイアス」から逃れなければならない、という困難な道でもあります。古くはタイタニック号、最近では東日本大震災での逃げ遅れなど、「自分にとって都合の悪い情報を無視したり、過小評価したりしてしまう人の特性Wikipediaより)」と言われるだけあって、正常性バイアスはホモサピエンス共通の課題なのです。

参考となるツール・指針

環境問題については既に科学的に様々な予測が立っているのですから、まずはそこから目を背けないことでしょう。IPCCTCFDなどは気候変動に特化していますが、 よい取り組み例です。

  • TCFDについては、過去にここで分かりやすいように解説しています。

他にも、環境問題による将来への影響、制約条件を科学的に考えるための指針として「ナチュラル・ステップ(英語ページ)」があります。非常に有効な指針だと思いますが、残念ながら日本では普及がうまくいかず、一時あった日本支部のウェブサイトもクローズしたため、ほとんど知名度がありません。

ナチュラルステップは1989年に発足した、この分野では比較的歴史が長い組織・考え方を持つ、スウェーデン発祥の国際組織です。その活動のベースとして、以下のような「持続可能な社会の条件(システム条件)」を掲げています。

  1. 自然の中で地殻から掘り出した物質の濃度が増え続けない(例:化石燃料由来CO2、重金属、鉱物)
  2. 自然の中で人間社会が作り出した物質の濃度が増え続けない(例:抗生物質、内分泌かく乱物質)
  3. 自然が物理的な方法で劣化しない(例:森林伐採、地下水の枯渇)
  4. 人々が自らの基本的ニーズ(例:健康、公平、収入)を妨げる状況がない 

この4つのシステム条件については、ナチュラルステップの創設者が、多くの科学者と「社会を持続可能なものとするための条件である」と合意しているそうです。

例えば、

システム条件2を考慮すれば、PCB、フロン、CO2、海洋プラスチック、の問題はある程度予期できたはずです。今後注目されるとすれば、モンサントの度重なる敗訴が物語るように農薬が問題になる可能性は考慮すべきでしょう。そこから発展して、化学物質の環境中への放出にも注目が集まるかもしれません。PRTR制度の対象物や、分解性の低い洗剤類も注意が必要かもしれません。

システム条件3を考慮するならば、例として挙がっている森林伐採の他、過剰耕作、過放牧、過剰漁獲なども問題として大きく取り上げられる可能性があります。結果的にFSCMSCなどへの注目がさらに高まるかもしれません。

システム条件1~3は、最近少し注目されている自然資本の考え方に近いと思います。社内で普及させるのであれば、こちらの概念のほうが説明しやすいかもしれません。(自然資本については過去にこちらで紹介しています)

システム条件4は、格差問題、児童労働や難民支援などにも関係してきます。持続可能社会や環境問題と直接関係なさそうですが、このような問題が解決されないと、戦争や貧困などによる環境破壊を止めることができません。思いのほかSDGsと分野が重複するようですね。

これから必要なこと

ツール・指針を階層化して見てみると、

  • 考え方の仕組み=ナチュラルステップ、自然資本
  • 汎用的具体化=SDGs、ESG、タクソノミー(タクソノミーについて経済産業省の資料こちらが詳しい)
  • 個別的具体化=各社における個別具体的なリスク、チャンスを想定。TCFD対応、EMSなど

「なぁんだ、ありきたりな話じゃないか」と思われたでしょうか。いやいや、「ありきたり」と思ってしまっては、ブラック・スワンに襲われるかもしれません。是非とも海洋プラ問題を他山の石とし、「今の常識では想像できない大問題に襲われる可能性」があることを前提に、本気で環境ブラック・スワンに備えるようにしてください。

例えば、私が“個人的に”考えるリスク・変化を、以下に少し上げてみました。

  • 農薬規制の強化
  • 合成洗剤などの化学物質の環境放出への規制強化
  • CO2排出等に関するグローバルタックス
  • LED,FRP,RCF,太陽電池パネルなどの有用とされる新素材の有害性に対する規制/批判
  • 下記理由によるタンパク源の切り替え(植物性、昆虫、培養肉などへ)
  • 家畜などの肉食への批判(環境負荷が高い)
  • マグロ・鯨肉等の水銀含有、魚介類全般のマイクロプラ懸念による摂食回避
  • エコロジカルフットプリントウォーターフットプリントへの注目と、特定商品への批判
  • 過剰伐採、耕作、漁獲への規制強化、認証制度への注目と購買行動の変化
  • サーマルリサイクルへの批判(CO2排出につながる)
  • 一般廃棄物/産業廃棄物の区分の非合理さへの批判→法改正
  • 業界再編を促すような優良業者への超優遇措置

最後の2つは、手前ミソのように見えたでしょうか。しかし、本来このような「自分の仕事に関係する予測」が必要なのだと思います。皆さんの業務に関係があって「あってもおかしくないけど、やっぱり無理かなぁ」と思うことって、ないでしょうか?それこそが、想定しておくべきブラック・スワンかもしれませんよ。